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2021年11月17日

幸田文の『崩れ』を読む

「日本三大崩れ」とは

1991年に出版された幸田文の著書『崩れ』を読んでいて、「日本三大崩れ」という言葉が目に留まりました。

「崩れ」とは、大地震などに端を発する土石流による崩壊地のことで、「三大」は、主に静岡の「大谷(おおや)崩れ」、長野の「稗田山(ひえだやま)崩れ」、富山の「鳶山(とんびやま)崩れ」を指すのだそうです。

そしてこれらのうちの「鳶山崩れ」は、私が今夏に北アルプスに赴いた際に(前々回の記事『黒部源流めぐり』)、五色ヶ原付近で見た光景のことを指すのだと知りました。

幸田は、この光景を前に以下のように記しています。

憚らずにいうなら、見た一瞬に、これが崩壊というものの本源の姿かな、と動じたほど圧迫感があった。むろん崩れである以上、そして山である以上、崩壊物は低いほうへ崩れ落ちるという一定の法則はありながら、その崩れぶりが無体というか乱脈というか、なにかこう、土石は得手勝手にめいめい好きな方向へあばれだしたのではなかったか

「鳶山崩れ」とは江戸末期の1858年、マグニチュード7.1の飛越地震により引き起こされた崩れ。

この影響で「大鳶山」と「小鳶山」が山体崩壊を起こし、現在は一つの「鳶山」に。同時にふもとにあった「立山温泉」も消失しました。

およそ4億立方メートルの土砂が流出したとされる、日本最大ともいわれるその崩れは現在でも続いており、私自身も幸田と同様に、その光景のスケールの大きさには唖然とさせられました。

ちなみに、ふもとを流れる常願寺川は日本きっての急流として知られ、古来よりたびたびの水害を流域に引き起こしていましたが、鳶山の崩れを受け、いよいよ手のつけられない暴れ川に。

オランダ人技師、デ・レーケのもとで川の改修工事が進むとともに、大正時代に入ると、国の直轄事業として大規模な砂防工事が開始。

連続18段のスイッチバックで知られる砂防トロッコ(立山砂防工事専用軌道)や、落差日本一の白岩堰堤など、現在では砂防の名所として知られ、世界遺産の登録も申請されているそうです。

(前回の『鈴ノ大谷』の記事でも触れた森林軌道は、この砂防トロッコと、インクラインなどの点で同様の技術を用いているようですが、時期の近さも考えると、技術者などが共通していたということはないでしょうか?)

写真は、常願寺川へと続く湯川谷。この向こうに砂防ダム群があると思われます。

幸田文『崩れ』について

『崩れ』という本は、幸田露伴の娘としても知られる作家・幸田文の晩年の随筆作品で、72歳にして、本人もはっきりと理由がわからないままに「崩れ」に惹かれた幸田が、各地の崩れの様を一目見ようとあわただしく出向いていく様子が記されています。

もちろん崩れのある地はどこも急峻な地であり、また足腰も弱っている年齢ですので、ある時は人におぶってもらってまで崩壊地まで出かける自身をユーモラスに描いているのですが、一方で鬼気迫るものも感じずにはいられません。

個人的に、成瀬巳喜男による原作の映画化『流れる』などを見て、日常的で細やかな人間の機微を鋭く描く作家、という印象を持っていたため、晩年に至りこの本を書くにいたった心境には強く興味を惹かれます。

本人も並々ならぬ思いを持っていた作品のようで、掲載終了後の刊行を控え、手を入れる機会を待ち続けながら1990年に86歳で死去。没後1年の後に刊行されました。

ところで私が「崩れ」と聞いて思い浮かべるのは、8月に黒部源流をめぐったひと月後に、再び北アルプスに赴いた際に遭遇した飛騨震源の地震のことです。

不幸なことに亡くなった方もいると聞くその地震が起こった際、私はふもとのテント場にテントを張り、翌日からの登山に控えていましたが、なんの予兆もなく足もとが「どどどどどっ」と強く震動したかと思うと、同時に近くの谷の上から無数の岩が崩れていく「ざああああああっ」という激しい雨の降るような音が聞こえてきました。

揺れの感じから震源がかなり近そうなことや、そもそも山という逃げ場のない環境で地震に遭うことの恐怖感はもちろんありましたが、同時に「このようにしてこのあたりの地形は気の遠くなるような年月をかけてできあがっていったのだろうなあ」という思いも湧きました。幸田は、富士山の大沢崩れを見に行った帰りに、このようなことを思っています。

谷とはなんだろう、とそればかり思う。両側から窪められたところ、刳れたところ、はざま、物の落込むところ、そして何よりも、岩石を運ぶ道筋だと思った。

その後もテント内で寝ている間、地面のずっと底の方で、「どどどどどど」と何か無数のものが走りまわるような音が、耳元で一晩中続きました。

大橋式作業道と「崩れ」の関係

『崩れ』の中で、幸田が専門家に「崩壊とは何か」と訊ねた際、「地質的に「弱い」ところ」との返答を聞き、はっとさせられる場面があります。

私はそれまで崩壊を欠落、破損、減少、滅亡というような、目で見る表面のことにのみ思っていた。弱い、は目に見る表面現象をいっているのではない。地下の深さをいい、なぜ弱いかを指してその成因にまで及ぶ、重厚な意味を含んでいる

崩壊の現場はどこもとても荒々しく、その光景はどちらかというと自然の「強さ」を感じるように思えますが、確かに考えてみると、崩壊はそこの箇所が「弱い」からこそ起こるのだとも言えます。

こういった崩れの特徴は、私らが現在、吉賀町の林内に開設を進めている「大橋式作業道」とも当然のことながら深い関係があります。そしてその弱さの成因は、主に水(雨)による浸食にあります。

だからこそ「壊れない」作業道は、水が通りにくい場所の上につけられないといけませんし、そのためには、山の中に流れる、見えない水の通り道がどこにあるのかを把握しておく必要があります。

その「見えない道を見つける」ためのヒントは、地形、植生、土質、石質……など様々にあるようですが、素人にはなかなか判断が難しいところ。なので、我々「森師研修員」は、今は京都大学名誉教授の竹内典之先生、「POLO」の山中正さんの両名に、あらかじめ道をつける箇所の選定をしていただいています。

それでも今の段階で手っ取り早く理解するためには、あえて大雨の日に現場を歩いてまわってみたりするのがいいようです。道の端の思わぬところから「こんこん」と水が湧き出てくるなど、普段は目に見えない道が可視化される楽しさもあります。

水と石は、よくせき性の合わない間柄なのだろうか。それともこうして、いつも相伴って離れずにいるところを見ると、切っても切れない仲なのかとも思う。

私たちも日頃から水と石の関係には大いに悩まされていますが、幸田のこのような視点を持ちながら、末永く付き合っていけたらと思っています。

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