森を歩く②-屋久島編-

スギと屋久杉 先日、高校の時の研修旅行以来、2度目の屋久島を訪れました。日本の平均年間降水量の2~3倍(山岳部では5倍とも)もの雨の多さで知られる屋久島だけに、一週間の滞在の間もずっと雨続きで、九州最高峰・宮之浦岳山頂からの眺望もまったく得られませんでしたが、その分、屋久島の自然環境と水との深い関係を感じられる山歩きとなり、森というよりも、水そのものの中にいるように感じられる瞬間もありました。 屋久島といえば、1000年以上の樹齢を誇る屋久杉で知られますが、スギは水分をとても好む樹木で、そのことは私の現場である幸地の林内でも、水の通りのよいところのスギが肥大している様子がわかります。一方で、同じ日本の代表的針葉樹であるヒノキが屋久島でほとんど育って(植えられて)いないのは、雨の多さ、水の豊かさゆえに、乾燥を好むヒノキの生育に適していないため…続きを読む

森師(もりし)研修員の現場「幸地町有林」

幸地町有林について 我々「吉賀町」森師研修員が日頃作業を行っている現場が、島根県鹿足郡吉賀町「六日市(むいかいち)IC」のすぐ近く、吉賀町幸地(こうじ)地区にある「幸地町有林」。 およそ50年生のスギとヒノキによって構成される針葉樹の人工林ですが、いま日本全国に散在する、長く適切な管理がされてこなかった「暗く、荒れた森」とは違い、近年は定期的にきちんと間伐がなされてきたために、林内のほとんどの場所は適度に明るく、年輪幅の揃った良質な木々が育つ、「健全な森」です。 吉賀町にはシカの生息数が少ないということもあり、食害もなく、タラノキやコシアブラなどの山菜類や、サカキ、クロモジ、ユズリハなど多くの種類の広葉樹の下草が生えた、気持ちの良い緑の空間です。 この幸地町有林は、森師研修員が作業をする初の現場であるとともに、吉賀町に“大橋式作業道”がつけ…続きを読む

厳冬期の伯耆大山へ

中国地方の最高峰であり、その堂々たる独立峰の山容から富士とも並び称される伯耆大山。 登山好きとしても、中国地方出身者としても、その名前自体に親しみはあったのですが、鳥取という近場よりも、気持ちはいつもアルプスなどの遠方にばかり向いていたため、登る対象としての関心を持つことは特にありませんでした。   その大山の存在を強烈に意識するきっかけになったのは、昨年の5月、奥大山と呼ばれる山域にある烏ヶ山(からすがせん)に登りに行った時のことです。この山へ向かったのは、サントリー天然水のCMで宇多田ヒカルが登っていたことに影響されたためでしたが、テントを張った鏡ヶ成の広々とした気持ちの良い高原の景観、そして何より烏ヶ山山頂から目の前に聳え立つ大山南壁の圧倒的な迫力に、こんなとてつもない山と周辺の素晴らしい自然環境のそばに暮らしていながら、今…続きを読む

2021年の吉賀町の暮らしを振り返る

2021年の「森師研修員」 4月の着任から8ヵ月ほどが経過しました。 先輩のいない1期生ならではの試行錯誤に加え、暮らしの変化への適応や新たな人々との出会いなど、 日々の積み重ねを経て、いろいろなことが徐々に軌道に乗りつつあるように思われます。 今はこれからの本格的な寒さの到来を前に、防寒対策に考えを巡らしているところです。 とりあえず作業の休憩時間は、焚火で暖をとることでやり過ごしています。 初回の記事にも記しましたが、吉賀町の「地域おこし協力隊」である「森師研修員」は、複数年かけて毎年3名ほどを募集し、養成していく計画になっています。 来年度の募集にも、とりあえず定員以上の方の応募がある状況ですので、順当にいけばまた3人が加わることになりそうです。 来年3月には2年目を迎える我々は、これまでの「道作り」に加え、新たに導入する林業用の重機…続きを読む

幸田文の『崩れ』を読む

「日本三大崩れ」とは 1991年に出版された幸田文の著書『崩れ』を読んでいて、「日本三大崩れ」という言葉が目に留まりました。 「崩れ」とは、大地震などに端を発する土石流による崩壊地のことで、「三大」は、主に静岡の「大谷(おおや)崩れ」、長野の「稗田山(ひえだやま)崩れ」、富山の「鳶山(とんびやま)崩れ」を指すのだそうです。 そしてこれらのうちの「鳶山崩れ」は、私が今夏に北アルプスに赴いた際に(前々回の記事『黒部源流めぐり』)、五色ヶ原付近で見た光景のことを指すのだと知りました。 幸田は、この光景を前に以下のように記しています。 憚らずにいうなら、見た一瞬に、これが崩壊というものの本源の姿かな、と動じたほど圧迫感があった。むろん崩れである以上、そして山である以上、崩壊物は低いほうへ崩れ落ちるという一定の法則はありながら、その崩れぶりが無体とい…続きを読む