吉賀町の椛谷(かばたに)地区にある鈴ノ大谷(すずのおおたに)山は、かつてこの地域を治めていた津和野藩の御立山(おたてやま※藩の直轄林)としてモミやケヤキなどの原生林が保護されてきた歴史があります。
その後、明治に移り変わるとともに森は国有林となり、続く昭和期に入ると国内の木材需要の高まりに応じるため、多くの「木こり」たちが原生林へと入り、伐り出した巨大な木材を運ぶ森林鉄道や製材所、また彼らの家族を中心とした集落までもを含んだ、西日本有数の一大伐採拠点をこの地に築きました。
それももう一世紀近くの昔の話となり、今では立ち入る者もまれなその森。けれどそこには未だ往時の遺構が残されているといいます。
私が森や樹木について教わっている益田市在住の「森林インストラクター」津島辰雄さん(NPO「日本に健全な森をつくり直す委員会」の委員も務めていらっしゃいます)に引率していただき、鈴ノ大谷の森を歩いてきました。
森林軌道の遺構をたどり、森の奥へ
車が走る林道の終点から歩きだしてすぐの地点。
かつての森林軌道が走っていた跡が、ここからはっきりと分かります。これから森の奥まで、この軌道跡を沿っていくように歩いていきます。まるで登山道のようですが、一般登山道として整備されているわけではありません。ネットのレポートを見るに、私たちと同様、産業遺構を見に行くという目的を持って入っている人もわずかにいるようです。
時々倒木がある以外は、足元のしっかりした歩きやすい道でした。
当時の風景。今でも祠の跡などがあるといいますが、今回の散策では、かつて人々が住んでいた痕跡まで見つけることはできませんでした。
前回の記事で少し触れた富山県の黒部の猟師たちもそうなのですが、生活が森(山)と密接に結びついていた時代の人々の心象は、現代では想像することすら難しく、もはやファンタジーの世界のように感じられます。
森の中にそびえる鉄道橋。
足元には、ところどころレールがそのままの形で残っています。
これはインクラインと呼ばれる、急傾斜地を昇降するための軌道。当時の伐採規模の大きさが伺えます。
さすがに今はそのままの形では遺ってはおらず、面影が感じられる橋桁があるだけでした。
当時腕利きの石工たちを集めてつくられたという石積み。百年近くの時を経た今も、がっしりと道を支えています。
このようにとても山奥とは思えない手のかかった整備が延々と続く風景は、どこかしら奇妙な感じのするものでした。
それにしても、当時伐採された大量の巨木たちは、一体どのような用途で使われたのでしょう?採算は合ったのでしょうか?鈴ノ大谷の伐採に関する記録はほとんど残されておらず、実態は今ではよくわかってはいないそうです。
この慰霊碑は、昭和11年9月11日に起こった集中豪雨による山崩れで命を落とした11名の人たちを弔ったもの。
災害の起こった日付けは、奇しくも私たちがここを訪れた日と同日でした。先日の土砂災害のニュースが頭をよぎり、別の時空の話ではないと思い知らされました。
その豪雨の15年後、今度は大型台風による災害が起こり、森林鉄道は壊滅的なダメージを受けて廃止が決定。1930年の建設開始以来、22年の歴史に幕が下りました。
巨大なモミの木。
当時の大規模伐採をかろうじて免れたものが、時を経た今このように立派に成長したのでしょうか。
ちなみにこれはモミの葉っぱ。
ツガの葉とよく似ていますが、見分けるための一番のポイントは、葉っぱの先に切れ込みがあるかないか。
同行の松村憲樹さんと記念写真。
元島根県職員で、島根県政策企画官、島根県自治研修所長等を歴任されたと同時に、登山やマラソン経験豊富の健脚な方です。
鈴ノ大谷で発見されたシダ植物「ヘイケイヌワラビ」
ところで、鈴ノ大谷には森林鉄道以外にも貴重なものが見られます。
それは絶滅危惧種の希少なシダ植物「ヘイケイヌワラビ」。ここ鈴ノ大谷で見つかったヘイケイヌワラビが、模式標本(※その植物を新種として記載する際に使用された標本のこと)として登録されています。
渋いワインレッドの葉柄が特徴のヘイケイヌワラビは、鈴ノ大谷の奥地の川沿いなどにひっそりと生えています。今回新たな自生地を発見しようと試みましたが、そちらは失敗に終わりました。
その他、鈴ノ大谷の森で見つけたものたち
鈴ノ大谷川を遡行し、道なき斜面をのぼっていった先に現れる銚子の滝。
水音の心地よい空間ですが、ここまで訪れる人はほとんどいないと思われます。
津島さんは「きのこアドバイザー」でもあるため、森歩きのついでに様々なキノコを教えていただきました。これはアカヤマドリ。
ぶよぶよしてますが食べれるそうで、バターと一緒に炒めるなどするとおいしいそうです。
タマゴタケ。明らかに毒々しいですが、美味だとか。
これはシラクチヅル(サルナシ)。
その長さと頑丈さから、文化財の「祖谷のかずら橋」などにも用いられています。
※参考サイト
柿木あれこれ「鈴ノ大谷散策」
http://www.sun-net.jp/~kappe/zakki/suzunoootani2/suzunoootani.html