スギと屋久杉
先日、高校の時の研修旅行以来、2度目の屋久島を訪れました。日本の平均年間降水量の2~3倍(山岳部では5倍とも)もの雨の多さで知られる屋久島だけに、一週間の滞在の間もずっと雨続きで、九州最高峰・宮之浦岳山頂からの眺望もまったく得られませんでしたが、その分、屋久島の自然環境と水との深い関係を感じられる山歩きとなり、森というよりも、水そのものの中にいるように感じられる瞬間もありました。
屋久島といえば、1000年以上の樹齢を誇る屋久杉で知られますが、スギは水分をとても好む樹木で、そのことは私の現場である幸地の林内でも、水の通りのよいところのスギが肥大している様子がわかります。一方で、同じ日本の代表的針葉樹であるヒノキが屋久島でほとんど育って(植えられて)いないのは、雨の多さ、水の豊かさゆえに、乾燥を好むヒノキの生育に適していないためなのでしょう。こういった視点はかつてはなかったものなので、2度目とはいっても、とても新鮮な気持ちで森を見ることができました。
「屋久杉」とはあくまで名称であり、一般に知られるスギと同一の種。そうわかってはいても、その形状の異様さ、尋常でない幹周りの太さ、無数の気根や他の種の着生によってどこまでが一本の木なのかわからなくなっている様子など、それが普段身近に見ているスギと同じものだとはとても思えません。同様に、ヒメシャラやシイなど、他の樹木も奇怪なまでに巨大化しています。(夜の真っ暗闇の中、ヘッドライトで照らした屋久杉の姿は非常にグロテスクで恐ろしかったです)
樹木は、それ単体で存在することはなく、降雨量や温度によってはもちろん、それが根ざした場所(土壌、岩質、傾斜、周辺木との間隔……)など諸々の条件が重なった環境の中で、そうでしかありえないように育っていく、ということが、屋久島の森を歩いているとよくわかります。
その屋久杉の特徴をよく表すのが、樹齢の長さや幹の太さに対して、ずいぶんと低く思える樹高です。数百年を経たものが、私の現場に植わっている40年生のもの(20~30m)と変わらないか、それより低いくらい。屋久島一の巨木である樹齢数千年の縄文杉でさえ、樹高は25mほどです。
なぜ屋久島のスギの樹高が低いのかというと、そもそも屋久島を形成しているのが栄養分の乏しい花崗岩であること、そして絶えず降り注ぐ大量の雨が急峻な地形の上を一気に流れ、それとともに豊かな土が流失していくためです。流れ下った水は巨大な滝となり、島内のあちこちに落ちていきます。
つまり「木がのびのびとまっすぐ成長する」には、大変厳しいと言える環境の中、屋久杉はじっくりじっくり長大な時間をかけて肥大していくため、肉眼では見分けられないほどに年輪の詰まった、腐りにくく、強靭な材となります。屋久杉が長寿なのは、そのためだとされています。
このように足元の幼樹や葉を見れば、屋久杉もやはりどこにでもあるスギと同じ種であることがわかります。昨年見学させていただいた、250年に渡り徹底した管理がなされた「吉野杉」の人工林を見た時とはまた違った角度から、樹木のあり方に対する見方が大きく揺さぶられました。
小杉谷集落探訪
屋久島の森を歩きながら、身近にある森と比較してみる面白さはいろいろありましたが、私の中で特に屋久島の森と吉賀町の風景とがリンクするものがひとつありました。それは以前の記事(『森を歩く①-鈴ノ大谷編-』)にある、鈴ノ大谷山の林業遺構である森林軌道、そして集落跡地の存在です。
江戸時代の島津藩時代から屋久島は林業地として知られ、材の運搬のためにつくられた石畳の歩道、楠川歩道は、今も登山道として利用されています。国有林化を経た明治~戦後期にかけても大々的な伐採がなされ、1923年に「安房森林軌道」が開通。最盛期には26キロもの長さに及んだその軌道は、自然保護熱の高まりの影響を受ける形で1969年に運行が終了するまで、林業従事者たちやその家族の生活に欠かせない交通手段として利用されました。
鈴ノ大谷の軌道の方は、時の経過とともにほぼすべてが失われてしまいましたが、屋久島では大部分が現存しており、そのまま登山道として使われているほか、登山者用トイレの屎尿運搬のトロッコも定期的に走っています。
人気の「縄文杉見学コース」は何キロも続くこうした軌道上を歩いていくことになり、日常生活から遠く離れた、未開の地をいくような冒険感が味わえます。
鈴ノ大谷に走っていた軌道も、これくらいの規格だったのでしょうか。とてつもない巨木を運んでいたことを考えると、ごく小さく感じられます。
軌道沿いには、当時山仕事に携わっていた人々の集落である小杉谷集落の跡地もあります。かつては小・中学校も存在していたほどの賑わいだったようですが、今は記念碑があるのみで、建物も残されてはいませんでした。その歴史は、ふもとにある博物館「屋久杉自然館」に詳細に記録されています。
コケのワンダーランド屋久島
今回の屋久島の森歩きの中で新たに発見し、魅了されたのが、コケの美しさ、みずみずしさです。日本にある1700のコケの種類の半分ほどが屋久島にあるとされ、また「ヤクシマ~」の名のついた固有種も多く存在するほど、屋久島はコケのワンダーランドです。屋久島に横溢する圧倒的な生命感は、かなりの部分、このコケたちによって醸し出されているように個人的には感じられました。
ちなみに上の写真はヒノキゴケ(おそらく)。特にふわふわの、触り心地の良いコケとして知られます。
無数に林立する、キャラクター性溢れた巨木たちだけでなく、ミクロのスケールで見てみても、屋久島は興味の尽きない〝小宇宙”でした。