リレーエッセイ

長いエッセイ

天野 礼子(事務局長・作家)

天野は、2018年5月30日に「リレーエッセイ」を書いたあとに、2019年11月から「多発性骨髄腫」という背中に7つのガンが発見されて、2019年5月までに「抗ガン剤」で4つが取れたのですが、その後にも、また「ガン」が入りました。 (また、脳出血して、しゃべれなくなっていた2年間の「言語リハビリ」もやっていました。まだきちんとしゃべれません。) 今は、「広島赤十字・原爆病院」の「血液腫瘍治療センター」のDr.板垣に診察してもらっております。   2022年3月25日には、大阪市から島根県鹿足郡吉賀町の柿木(村)に引っ越したので、広島の病院に行っているのです。この病院を勧めて下さったのは、養老孟司先生の主治医のような友達の中川恵一先生です。 「〝多発性骨髄腫″の治療には、長年原爆を治療してきた〝広島赤十字・原爆病院″がよいですよ」と…続きを読む

「なぜ、委員会の名称が、“森をつくり直す”なのか」

天野 礼子(事務局長・作家)

いつも問われるのは、このタイトル中の一点です。 皆さんは、「日本人はどのように森をつくってきたのか」という、コンラッド・タットマン氏の本を読まれたことがありますか? そもそも、こんな本を外国人の日本近代史研究家に書いてもらわなければならない程、日本の森林研究者は、「親・林野庁」と「嫌・林野庁」に分かれ、不毛な対立に時間を使い過ぎてきてしまっていたのが、2003年までの日本の森林・林業界でした。 第2次世界対戦では、アメリカに家を焼かれました。無事帰ってきた戦士達の家も建てなければならず、全土でスギ・ヒノキ・カラマツの大規模造林がなされましたが、途中で材木が足りなくなり、“ロン(レーガン大統領)・ヤス(中曽根康弘総理)協定”で木材の輸入が自由化されてしまったことが、せっかく全土に植えた人工木がその後、全く間伐されず、林業そのものが衰退してしま…続きを読む